Time Passed me By


歓声の中、二人がステージ上で手を振り、それから舞台袖へさがる。
「あっ、兄ちゃ〜ん!」
上気した顔の真美が、俺を見つけるなり駆け寄ってきた。
「こらこら、まだ大声出しちゃだめだ」
しがみつくように飛び込んできた真美をがしっと受け止めると、持っていたスポーツタオルで口元をふさぐ。
「〜〜〜〜!」
真美はプロデューサーに抱えこまれながらじたばたと暴れる。
「ふふ、真美ちゃんは元気ね」
真美と同じく、顔を紅潮させて舞台袖に歩いてきたのはあずささんであった。
「はい、あずささん。お疲れ様でした。いい感じのステージでしたよ」
「そうおっしゃっていただけると、嬉しいです〜」
プロデューサーからのタオルをそっと受け取り、ぽんぽんと額に当てて浮いた汗を取る。

あずさと亜美…そして真美。
二人でデュオユニットを組んでから、既に30週が過ぎようとしていた。
そして、1月ほど前から選んだ曲は……。

――――9:02PM。

デモを聞いた後、あずさは初見できっちりと歌い上げて周囲のスタッフの度肝を抜かせたハマり曲である。
本人もとても気に入っているようだ。
だが、面白いのはおよそこの歌に似つかわしくないと、言い切ってしまってもいいであろう亜美、真美が普段の雰囲気に似合わず
しっとりと歌い切っているのだ。
そのギャップはお茶の間の間でも好感を呼び、人気はうなぎのぼりである。
そもそもの二人のデビュー曲は「ポジティブ!」で、週代わりで亜美とあずさに
「つーか教科書忘れたぁ」と台詞を言わせて若い男性諸氏の心臓を打ち抜いたという経緯がある。
今回の9:02PMの選曲という、プロデューサーの一件奇策ともいえる方針は、しかし蓋を開けてみれば予想以上の反響をもたらしていた。

楽屋では未だにTV出演の興奮を引きずっているのか、亜美真美の二人はステップを踏みながら、
「あいたい メ〜ルも〜 携帯も〜」
と歌っていた。
なぜかこぶしがきいていたりするのはご愛嬌か。
あずさもそれを微笑みながら見守っていた。
そんな楽屋の扉がノックされる。
「あーきっと兄ちゃんだ」
「どうぞー」
プロデューサーが楽屋の扉を開けて眼を丸くする。
「なんだ、まだ着替えていなかったのか…それに…あずささんまで」
「…す、すみません〜」
プロデューサーはため息をついて、楽屋中央の机にパラパラとお菓子を置く。
「「あっ、チョコ!」」
めざとい亜美真美が超反応を見せてお菓子に群がる。
「すみません、すぐ着替えますので…」
「ああ、いえ、実は機材と移動の車の手配の関係でちょっと人が捕まらなくてですね、今のうちにスケジュール確認とかしておきたかったので、
そのまま聞いてください。二人もそれ食べたら聞いてくれよな」
「「は〜い」」

ちょっとした空き時間を使って、今後のスケジュールなどを説明する。
もとより、事務所に帰れば確認できることではあるし、翌日でもいい。
ただ、今日のいい雰囲気の中で気軽に今後のことを話してみたかったのだった。
なので、スケジュール連絡などはあくまできっかけであり、話題は今日のオンエアやらファン数の話やらといったことに広がってくる。
「でもさ、真美だったら電話とかメールとか、待たないでかけちゃうよ?亜美もそうでしょ?」
「ウン。待ってるくらいなら、こっちからえーいってかけちゃうね!あずさお姉ちゃんは?」
トピックは改めて、今回の歌9:02PMについてであった。
「そうねえ…確かに、こちらから電話ができれば一番いいのだけれど…でも、そうする勇気がない場合もあるし…
他には、そう簡単に電話をしてはいけない人だったりすると…やっぱり」
あずささんは頬に指を当てて、言葉を選んで話しているという感じだった。
「えー。電話かけるのは難しいけれど、電話はほしいっていうこと?メールも?」
「そ、そうねえ。…たとえば、気になる人がいるんだけれども、何の用事もないときに電話できるほど仲がよいってわけじゃなくて。
でもなんだか一人でいると気になっちゃうというか…」
あずささんは様子をうかがうようにこちらに目配せをしてきた。
まあ、誰のことを指しているのかはわからないが、そういうこともあるだろう。
笑ってうなずいておくことにする。
「ほっほー!微妙なお年頃ですねえ、亜美君」
「そうですねー。気になるけどこちらからはかけられない。女心ですねー真美君」
感心している二人に混ざって、なぜかあずささんは両手を頬にあてて照れている。


二人のあずささんいじりは止まらない。
「やっぱりあの『好き』っていうところはあずさお姉ちゃん超Hぽくてかわいいよねー」
「ねー。ねえねえ、あずさお姉ちゃん。あずさお姉ちゃんは、今誰か好きな人いるの?」
「え…ええ〜?」
唐突な質問に、あずささんはびっくりしたようだ。いや、俺もびっくりした。
「あ、今、兄ちゃんと目があったよ〜?もしかして、兄ちゃんとイケナイ仲?んっふっふ〜」
「こらこら、大人をからかうのはよしなさい」
両こぶしで軽く亜美のこめかみを締める。
「いだだだだ。兄ちゃんギブ!ギブ!」
「そういうのは…」
あずささんが意を決したような瞳でこちらを見てくる。
思わず力を入れていたこぶしを緩め、三人してあずささんに向き直る。
「いつか、現れたらいいなっていう気持ちを込めて、歌っているんですよ。ふふっ」
「「「ほえー」」」
やっぱり、あずささんはオトナであった。

二人…いや、三人が事務所に戻る頃にはすっかり夜で、さすがに小学生の亜美真美は移動車のなかで眠りこけていた。
というか、こんな時間にまで拘束していたらさすがにまずい。
「ほら、二人とも起きて」
エルグランドの後席で仲良く頭を支えあっている二人を起こそうとするが、むずがっていたりする。
「おいおい…」
仕方なく、先に車から降りたあずささんに向き直る。
「ちょっと、二人を事務所で休ませてから、送ります。すみません」
「いえ、今日は大分がんばっちゃいましたから…では、明日、また」
あずささんに手を振って見送る。
その姿が消える頃に、後ろから猛烈なタックルをかまされた。
「な、なんだあっ?」
亜美が首元に、真美が腰に組み付いてきていた。
「やったー、兄ちゃんひとりじめ!」
「違うよ真美、ふたりじめ!」
「おいこら、さっきのは寝たふりだったのか?」
「んっふっふ〜、まだまだ甘いな兄ちゃん君!ほら、事務所いこ!」

夜のオフィスビルは亜美真美ほどの元気者でも、その元気が吸い込まれそうなくらいの静けさがある。
フロアに入ると、いくつかのエリアの電気はもう消されていた。
こんな時間まで残っていた音無小鳥が自分たちを見つけてぎょっとした顔を見せるが、またすぐ自分の仕事に戻る。
「荷物を取りに来たんだろ。それ取ったらすぐ帰らないと。明日も学校あるんだよな?」
「うん、すぐに帰るよー。でも、どこに置いたんだっけ?」
「えっと、たしか、会議室。あっちのほう」
新しくなった事務所は、最近再度開発された一帯に建築されたビル郡の中にある。
富士山側には六本木エリア、新宿エリアが見渡せ、海側に目を向けるとレインボーブリッジ、お台場などがすぐ近くだ。
特に夜景はなかなかのもので、深夜に及ぶ打ち合わせの際も、窓の外に目を向ければしばし癒されることも多い。
こっちの会議室は、海側、レインボーブリッジ側に面していた。
「わあっ、きれい!」
「すっごー!めちゃきれいー!」
二人は荷物のことも忘れ、窓際に張り付く。
ライトアップされた橋、その手前を滑るように走るモノレール、そして遠くに臨むお台場の景色。
亜美真美そろってかぶりつきで外を眺めているので、電気は付けずにおいた。
息が窓ガラスにかかり、曇るまで二人は黙って外を見つめ続けている。

「ねえ、兄ちゃん」
長い沈黙の後、声を発したのは亜美であったか、真美であったか。
「なんだ?」
「兄ちゃんはあずさお姉ちゃんのこと、好き?」
いつものはしゃいだような声ではない。憂いを秘めた、というのはこういうことを指すのか。
「ん、んん?」
の意味を推し量りかねて聞き返す。
「やっぱり、あずさお姉ちゃんみたいに、超せくしーじゃないと、アピることできないのかなあ」
「……」
「ポジティブの時にね」
すうはあと息を吸いながら亜美が思いきったように声を出す。
「クラスの男子たちが色々言ってたんだ。あずさお姉ちゃんにはドキッとするけど、亜美たちにはドキドキしないって」
「……」
「今回の曲も、すっごいオトナな曲で、あずさお姉ちゃんにはぴたんこな曲だし。
兄ちゃんは褒めてくれたけれど、真美はちゃんと歌えてるか、わかんない」
「……」
周囲のビルのライトのみが三人を照らす室内。窓ガラスに映る亜美と真美の視線は下を向いている。
「やっぱり、もっとせくしーじゃないとダメかなあ。亜美もあとすこしすればおっぱいもぼいーんってなると思うし、そうなったら、
兄ちゃんも亜美のこと見てドキドキしてくれる?」
「兄ちゃんはオトナのオンナが好きなんだよねー。超せくしーな感じでうふ〜んって迫ってくるみたいなっ。そんなオトナに真美もなりたいよ」
「こらこら…」
プロデューサーは二人の後ろに近づくと、中腰になった。
二人の目線と同じ高さに顔を合わせる。
振り向いた二人の瞳を交互に見やる。

わずかに潤んでいるそれは…こちらの胸を締め付けるほどの不安。恐れ。
プロデューサーは二人の頭をさするように撫でると、そのまま自分のもとに抱き寄せた。
ごく自然に二人の腕もまたプロデューサーの肩を抱く。

「俺は、今の二人がとっても好きだよ。とても可愛い妖精さんみたいだと本当に思っている」
「…うん」
「二人がステージを駆け回ることが、たくさんの人に元気をあげているんだ。二人が歌を歌うことが、まわりのみんなを楽しくさせているんだよ」
「…うん。亜美たち、みーんながニコニコでいてほしいから、アイドルになろうと思ったんだ」
「そうだな。毎日楽しく、元気に仕事して、ステージに出て、TVに写って。
毎日二人は成長していくよ。昨日とは違う自分になっていく」
真美がぎゅうっと強くプロデューサーの肩を握りしめた。
「大丈夫。二人はすぐに大人になる。それもちょーかっこいーオトナのおねーさんになるよ。それは俺が保証する。
だから、焦らなくていい。二人は毎日楽しく!後悔しないように!過ごしてほしいんだ」
亜美が鼻をすすったあと、首筋に鼻先を当ててきた。真美も頬をすり寄せる。
「…うん、わかった」
「真美、兄ちゃんのこと、大好きだからこれからも頑張る」
「あっ、亜美も亜美も!」
「…ああ。俺も大好きだ」


抱き寄せていた腕を解くと、すっかり暗闇に慣れた視界は目を潤ませた二人を捉えた。
「えへへ、泣いちゃった」
真美がそう言って目元をごしごしとこする。
プロデューサーはは二人の頭をもう一度なでる。
しばらくそんな時間がすぎ。
落ち着いた二人はもじもじしていたが、やがて亜美が、
「でもさーやっぱり兄ちゃんはおっぱい大きな女の人が好きだと思うよー」
ナンテコトを、口にした。
「……なんで?わかるの?」
真美が嬉しそうに跳ねる。
「わかる、わかるよ兄ちゃん君」
「わかるよねー。目が」
「目が?」
「目が向いちゃうからねー。悲しいオトコのサバってやつですねー真美君」
「そうですねー亜美君」
「……」

「兄ちゃん、亜美たちのもこれからちゃんとおっきくなるか、確かめてよ」
「な、何をいきなり…」
後ずさりするプロデューサー。その背中を壁が邪魔をする。
「兄ちゃんにならいいよ。さわってみて」
ずずいっと、胸を反らせて亜美と真美が迫ってくる。
「……」
観念して、腰を下ろした。
右手を亜美。左手を真美に近づけていき…。

ぴとり。
「……」
「…兄ちゃんどう?おっきくなりそう?」
「……」

「確か、荷物はこの会議室に〜」
がちゃりと扉が開き、廊下の光が一筋、3人を照らす。
「「にゃあ?」」
硬直したためか、胸元に置いた手に力が入ってしまい、二人が妙な声をあげた。
「…………」
プロデューサーは、ぐぎぎぎぎときしみ音が鳴りそうな首を光差す彼方へ向ける。

すらりとした長身に艶やかな長い黒髪。
その真ん中にちょんと飛び出ているくせ毛。
彼女は笑っていた。
笑ったまま、人差し指を頬に当て、え〜と、と考えるポーズをとる。
真っ暗の会議室でしゃがんでいるプロデューサーが、検診を受ける患者よろしく胸を反らせている亜美真美の胸に両手を当てている。
そんな構図。
「あ、あ、あら〜〜。ど、どうしましょう〜」
あずささんは回れ右をするとそのままふらふらと出て行ってしまった。
「ちょ…あずささん、これは誤解…って!小鳥さん」
出て行ってしまったあずささんの背後から顔を俯かせ、肩をわななかせている音無小鳥が現れる。
「う…うう…プロデューサーさん、私、信じていたのにっ…しゃ、社長ー!」
小鳥はここにはいない社長への訴えをあげながらあずさとは反対方面に駆け出した。
「う、うわああああああ誤解だああああああああ!」


−終−


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